神奈川


 神奈川宿で絵になる場所といえば、宿場のおよそ西半分にあたる「台」と呼ばれるあたりでした。 現在でこそJR横浜駅北側のビルが林立している辺りですが、かつては緩やかな坂を上った台地となっており、 すぐそばまで海岸が迫っていたために、絶好の眺望が得られたのです。

 広重が描いたのも、まさにそうした風景にほかなりません。画面右手は街道が険しい坂道として描かれています。 坂に沿って立ち並んだ茶屋の前では、茶屋の女が通行く男たちの袖を引いています。『江戸名所図会』の挿絵にも、 客を勧誘する茶屋女の姿は描かれていますが、広重は彼女たちの強引さもいささか誇張したようです。 しかし、そのことで画面に活気が出てきたのも間違いありません。彼らの手前には、巡礼の親子や、厨子(ずし)を背負って諸国を遍歴する六部が、 坂を上る姿も描き添えられ、街道らしい風情も高めています。

 左手に広々とした海が開けた様を配したところ、また、遠く水平線に向かって船を少しずつ小さくなるように描いて遠近感を出したところなど 2枚前の「品川」と同じ絵づくりがなされていますが、この図ではいささか規則正しすぎるほどの配置のしかたです。 一番遠くの半島状に見える陸地は本牧、その手前に見える二つの断崖は野毛であると考えられています。