平塚
旧東海道は、現在のJR平塚駅北口を出て200bほど北にいったあたり、市街地の中を東西に走る道路に相当します。
この道を西にしばらく行くと、国道1号線と合流するあたりで視界が開けてきます。ちょうどそのあたりが宿場の西外れで、
この図に描かれているように、平塚宿の西の入り口を示す標示杭(ぼうじくい)が立てられていました。
そこから西を望むと、まるでお椀(わん)を伏せたような丸く特徴的な形をした山が見えてきますが、
これは高句麗(こうくり)からの渡来人にゆかりがある高麗山(こまやま)です。もっとも広重は、まるでいびつな放物線のような形に描いています。
高麗山の右奥に見えるのは大山と思われますが、これまたごつごつとした稜線(りょうせん)の険しい山容に描かれています。
この絵でも、山や川の地理的な配置にはそれなりにリアリティーがありますが、地形はかなり誇張されているのです。
二つの山の間には富士山がのぞいており、山々の前後の重なり具合で遠景部分の奥行き感を出しています。
副題にある「縄手道」とは、田んぼの中の畦(あぜ)道のこと。この絵でも田の中を細い道が折れ曲がりながら、遠景へと鑑賞者の視線を誘っています。
道の先に見える土橋を花水川に架かる花水橋とする見方もありますが、『東海道名所図会(ずえ)』にも項目立てがあるほどの橋にしては、
小さすぎます。花水川より東の小川に架かり、古絵図や道中図などに「花水小橋(古橋)」と書かれている橋ではないかと思われます。
低い視点から水平に風景を眺め、先に述べたように奥行き感豊かな作品ですが、この図の魅力は配色にもあると思われます。田の部分を摺(す)った透明感ある青緑色と、画面上辺部に帯状に摺(す)られた(一文字(いちもんじ)と呼ばれるぼかしかたです)朱とが鮮やかな対比となっています。それ以外で大きな面積を占める色は、山々を摺る薄墨です。使っている色数はけっして多くないにもかかわらず、清新感あふれる印象的画面をつくりだすことが、広重の絵づくりの特長のひとつでもあるのです。