41 鳴海 (名物有松絞)



 池鯉鮒を出て1里ほど進み、国境の境川を越えると尾張国に入る。尾張の宿駅は鳴海と宮の二つだけだ。

 鳴海宿に入る手前半里ほどに位置する有松村は、絞り染めの産地として全国的に有名だった。そこで製造された絞り染めの浴衣や手ぬぐいは、当時の国内需要の大半をまかなっていたともいわれる。

 『東海道中膝栗毛』四編に、「有松にいたり見れば、名にしおふ絞の名物、いろいろの染地家ごとにつるし、かざりたててあきなふ」とあるように、街道に面した家々で旅人に直接売ることもさかんにおこなわれていた。

 紅や藍の絞りを家ごとに華やかにつるして商う様子は、道ゆく旅人の目を奪う光景だったからだろか、鳴海を描く浮世絵作品のほとんどが、この有松絞りを画題としている。

 保永堂版でも「名物有松絞り」と副題にあるように、東海道に面して有松絞りを商う店が2軒立ち並んだ様を描いている。それぞれの軒下にはさまざまな柄を持つ布地や浴衣がつるし売られ、店先の華やかさは、錦絵を販売する江戸の絵双紙屋にどこかしら通じるものがある。

 よく見るといつもの遊び心で、手前の店の暖簾には、広重の「ヒロ」を組み合わせた印が、その左右には版元保永堂からの出版だという意味で、「竹内」「新板」の文字が染め抜かれている。

 絵の構図にはとりたてて目新しいところもないが、家々の屋根や塀などを後退色(画面の奥に退くように感じる色)である薄墨で摺って、明るい色で摺られた店の中や街道に自然と目がゆくように配色したところに、広重らしさが感じられる。

 その街道には、駕籠を含んだ3人連れの女と、軽尻(からじり 荷物ではなく人だけを乗せる馬)に揺られ、荷物を担いだ供を連れた女というように、女旅ばかりが描かれている。女性が関心を持つ絞り染めの店が並ぶという、この場所の特徴に合わせたものなのだろう。